2010年2月25日
相撲の歴史
相撲の起源は非常に古く、古墳時代の埴輪・須恵器にもその様子が描写されている。
『古事記』の日本神話においては、建御雷神(タケミカヅチ)の派遣(葦原中国平定)の際、建御名方神(タケミナカタ)が、「然欲爲力競」と言った後タケミカヅチの腕を掴んで投げようとした描写がある。その際タケミカヅチが手をつららへ、またつららから剣(つるぎ)に変えたため掴めなかった。逆にタケミカヅチはタケミナカタの手を葦のように握り潰してしまい、勝負にならなかったとあり、これが相撲の起源とされている。 弥生時代
『日本書紀』には、神ではなく、人間としての力士同士の戦いで最古のものとして、垂仁天皇7年(紀元前23年)7月7日 (旧暦)にある野見宿禰と「當麻蹶速」(当麻蹴速)の「捔力」(「すまひとらしむ」または「すまひ」と訓す)での戦いである(これは柔道でも柔道の起源とされている)。この中で「朕聞 當麻蹶速者天下之力士也」「各擧足相蹶則蹶折當麻蹶速之脇骨亦蹈折其腰而殺之」とあり、宿禰が蹴速を蹴り技で脇骨と腰を折って殺したとされ、少なくとも現代の相撲とは異なるもので、武芸・武術であったことは明確である。宿禰は相撲の始祖として祭られている。
さらに
『古事記』の垂仁記には、「ここをもちて軍士の中の力士の軽く捷きを選り聚めて、宣りたまひしく、その御子を取らむ時、すなわちその母王をも掠取れ。髪にもあれ手にもあれ、取り穫む隨に、掬みて控き出すべし。とのりたまひき。ここにその后、かねてかその情を知らしめして、悉にその髪を剃り、髪もちてその頭を覆ひ、また玉の緒を腐して、三重に手に纏かし、また酒もちてその御衣を腐し、全き衣の如服しき。かく設け備へて、その御子を抱きて、城の外にさし出したまひき。ここにもの力士等、その御子を取りて、すなはちその御祖を握りき。ここにその御髪を握れば、御髪自ら落ち、その御手を握れば、玉の緒また絶え、その御衣を握れば、御衣すなはち破れつ。」とあり、初めて「力士」(ちからひと・すまひひと と訓す)の文字が現れる。
古墳時代
『記紀』には、景行天皇四十年(110年)に日本武尊が、大和国(現在の奈良県)の息吹山の神(豪族の長?)を素手で倒そうと、草薙剣を持たずに、素手で山に入ったことが記されている。
『日本書紀』の雄略天皇十三年(469年)には、秋九月、雄略天皇が二人の采女(女官)に命じて褌を付けさせ、自らの事を豪語する工匠猪名部真根の目前で「相撲」をとらせたと書かれている。これは記録に見える最古の女相撲である
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
相撲の起源ってとても古いことがよく分かりました。
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